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「慙愧」  

佐々木閑 著‘日々是修行‘によれば、 
仏教の言葉に「慙愧」という言葉がある。
「良い人を敬い、至らぬ自分を反省する」という意味である。
仏教では悟りのための必須条件とされる。
なぜなら、その謙虚さが自分をいっそう高める活力となるからだ。

これは劣等感を別の角度から見たものに他ならない。
劣等感は、
「他人より劣っているから自分には価値がない」と考える。
慙愧は、
「自分は劣っているからその分、傲慢にならなくて済む。傲慢にならないからまだやれる」
と考える。
劣等感を別の方向から見て、「さらなる向上の為の活力源」と積極的に捉えたのが、
仏教の慙愧である。


優れたセラピストを見たとき、自分の力のなさを感じたとき、
自分の非力やセンスのなさを感じる時が多くある。
慙愧という言葉は、その気持ちが自身の成長のために必要な気持ちであることを教えてくれる。


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